ある日とつぜん、着物に目覚めたものの──、さてどうすれば? 迷いながら訊ねながら学びながらの着物日々記録。
*** 着迷いごと ***
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「秋期雅楽演奏会」へ。
2008年 10月 31日 (金) 22:34 | 編集
雨。巨大な盥をいちどきにひっくり返したような、痛いほどの土砂降り。
そんな日に、それでも着物で出かけた先は、「秋期雅楽演奏会」でした。

先日「花嫁のれん展」にご一緒したNさんを、今度はお誘いしての演奏会。
このあたりの情報に詳しい編集者に「ものすごく混むから」とあらかじめ
脅されて(笑)、開場時間の9:30A.M.に大手町駅で待ち合わせしたのですが、
いやはや、傘から次第に雨漏りしてくるほど……。

すでに、大手門に向かって何人のもの人たちが歩いています。
お濠を渡る手前で入場券をいったん提示、さらに大手門で再度
入場券チェックとかんたんな手荷物検査がありました。
ゆるやかな坂になった道を、音をたてんばかりに雨水が流れ落ちていく中、
すでに雨草履の中まで水に浸って、ひたすら歩きます。
さらに坂(たぶん汐見坂ではなかったかと)を上り、徒歩15分ほどで、
ようやくこの日の目的地に辿りつきました。
古めかしい佇まいの楽部庁舎。次々と人が吸い込まれる中、
濡れそぼった雨コートを脱いで入ってみれば──、まだ10時前というのに、
すでに8割方、席は埋まっているのでした。やや眉唾な思いで聞いた
「大人気」という言葉は事実だったのか。と、目を瞠りながら会場を見回します。
外の湿気とひといきれで、蒸れるような熱気です。雨草履の透明なドームが、
湿った足袋から立ちのぼる蒸気で瞬時に曇りました。
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てっきり撮影不可と思ってカメラを持参しませんでしたが、演奏中以外は
撮影してよいとのこと。携帯電話で写してみました。
雅楽は本来、外で演奏されるもの……、ということで、会場には白砂利が
敷きつめられ、トップライトから光が注いでいました。
舞台後方、両脇にそびえ立つのは大太鼓(だたいこ)です。鼓面の直径が
2メートルはあろうかという巨大な太鼓でした。

座席は、白砂利の上に無造作に並べられた木製の折り畳み椅子。座り心地は
決してよろしいものではなく、前後の席がすぐそこなので、荷物も置きづらいことが
判りました。しかも雨で濡れたものばかり──、こういうときは大きなナイロンの袋などが
いるのだな、と、実感しつつ、畳んだコートを足元に置いて荷物を載せました。
待つことしばし、いよいよ開演です。

この日の演目は、第一部が管弦。
『盤渉調音取(ばんしきちょうのねとり)』
『千秋楽』
『朗詠 一声(いっせい)』
『越殿楽(えてんらく)』

休憩をはさんで、第二部が舞楽。
『胡飲酒(こんじゅ)』
『地久(ちきゅう)』

これまで、雅楽を聴いたことはあったのですが、正直、とくに感興を
おぼえるものではありませんでした。また、周囲でこの演奏会を体験した
人たちの感想も「一回聴けば充分」との反応が多かったので、あまり
期待もしておらず……。(雅楽奏者の方々、お許しを)
ですが今回は、思いがけず管弦の独特の音変化や詠唱に惹きこまれ、
さらに舞楽も、観ている間に次々と頭に浮かぶことがあって、
それはそれは心楽しい時間となりました。終演の頃には、手元の
プログラムがメモで黒々と埋まっていました。

終演後、二階から人のいなくなった舞台を撮ってみます。
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次は二階から聴きたい……、と、鬼も笑う来年の予定に心を馳せてみました。
それまでに、今回得たものが活かせる仕事を済ませていられるように努めよう、と
舞台に向かってひそかに誓ったり。

ふたたび篠突く雨の中を、大手町方面へ。すでに空腹度Maxにさしかかり、
さらに、傘から本格的に水漏れしてきて、顔に雫がかかるほど。思わずNさんに
泣き言を洩らします。
「もう歩けないぃい、いますぐどこかで食べないと行き倒れるぅううう」
みたいな。ご、ごめん。
おまえは子どもか。と独りつっこみ、でも空腹だと、どうにも心のバランスが……。

するとNさんから素敵な提案が。新丸ビルまで、地下から行けるよ、というのです。
丸ビルには何度か行ったけれどピンとこなくて、新丸ビルも似たようなものだろうと
食指も動かず、一度も行っていないのですよ。
そりゃ行ってみたい。地下に入れば、雨の心配はいりません。
ほっとしながら、Nさんの案内のもと、通路伝いに新丸ビルへ。

行ってみて驚きました。Nさんお薦めの意味がよくわかります。
好みだ……!
立ち寄ったのは1階~7階ですが、造り手の目が細かいところにいきとどいて、
エスカレーター上の装飾やちょっとした造作にも、目を惹かれるものが多いのです。
さらに踊り場や通路をうまく活用した飲食スペースなど、それぞれに
ショップの個性も感じられるのが楽しい。
(この店は打ち合わせに使うのによさそう)だの(ここは独りでふらっと飲みに
来たら落ち着きそう)だの、目がうろうろと落ち着きませぬ。
やがて、Nさんイチオシの最上階(7階)へ。
ひととおり、廻廊を思わせる造りの通路を巡り、全体を案内してもらいましたが、
ううむ、どこもそれぞれに寄ってみたいような店がまえ。
けっきょく、己の空腹度と、いちおう着物姿という事実を勘案して「ここがいい」と
お願いしたのは「自由ヶ丘グリル」でした。Nさんが一緒なので、ふふふふふ、昼酒だ!
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じぶんではめったに作らない、カニクリームコロッケを注文。
体の中ではまだ幽かに、管弦と舞楽の余韻が響く中、落ち着いた店での
遅いランチ──。なんとも幸せな心もちでした。Nさん、ほんとにありがとう。
なにかにとお喋りしたあと、全階回遊にも付き合っていただきました。
着物のアップ髪の上に、いくつか帽子を試着させてもらったのですが(もちろん
ショップの方のOKを得て、ですよ)、衝撃の「小坊主姿」になって大笑いの場面も。
全体に、大人の遊び心をそそるショップが多いと感じます。
IDEEプロデュースの「Delier IDEE」では、冬の着物コート上に羽織りたい刺繍の
ショールを手に入れました。最後にも一度、七階へ。内装が気にかかった
ショップ「HENRY GOOD SEVEN」でお茶します。
ショートケーキ、トッピングされたホワイトチョコが甘あまでしたが、
それがまた好みでした。

いやはや、めいっぱいの休日でした(暦の上では平日)。この日、ただひとつの
悔やむべきことは着物。
うっかり久米島と刺繍帯をして出たわたしのアタマは、どうかしていたとしか申せません。
なぜ、なぜ大島にしなかったのか?!
ふり返るに、そもそも朝起きてネットで天気予報を確認したら晴れのち曇り
になっており、しかも運悪く、わたしが家を出たときには小止みになって
いたからなんですが──、それにしても、認識が甘かった。
着物も帯も、湿気でくったりとなってしまい、申し訳ない思いで手入れを
すませたことでした……。(着物2年目/第53回目)
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Nさんのブログ「*おつまみ*」はこちら→http://ameblo.jp/2ya-ri/
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櫛・かんざし美術館へ(その2)
2008年 10月 30日 (木) 23:38 | 編集
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美術館の二階にあたる入口には、丹精された菊が飾ってあって、思わず
吸い寄せられます。中に入ると、渓谷側に大きく切り取られた窓の真下を
川が流れ、色づいた木々が枝を差し伸べていました。思いがけない景観に、
しばらくじっと見とれます。
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さて、今回のコレクションは秋展示。全体で3000~4000種類ほどあるという
膨大なコレクションを、年に数回、入れ替えて展示されるとのこと。
嬉しいことに、並んでいるのは櫛やかんざしばかりではありません。根付や
薬入れ、矢立など、いずれもそれは細かい細工が施されたものばかり。
ほとんどガラスケースに顔をつけんばかりに見入りました。

尾形光琳作の蒔絵櫛は、美しい装丁を凝らされた、芝木好子著『光琳の櫛』と
並んで展示されていたり、狐の嫁入りの蒔絵櫛には、それは愛らしい豆本の
ような屏風畳の絵が添えられていたり。展示の工夫も嬉しいものでした。
さらに一階に下りると、今度は髪飾りとともに、当時の髪型を実物1/3大の鬘に
結いあげて、一緒に展示してありました。
それぞれに可愛かったり面白かったりするのですが、思わず声をあげたのは
「行方不明」という名の髪型。ネーミングに笑みが洩れます。
ほか、「文明開化の髪飾り」コーナーも、遊び心溢れるものばかり。
中でも心に残ったのは、街灯をかたどった簪です。
柄の部分には、いましも灯をともそうと、紅い玉をくわえた龍が上っていきます。
向かう先は、先端に飾られたガス灯。ガラスも入っていて、ミニチュアとしても
出色の出来に見えました。
さらに、この美術館には「渓谷庭園」がついていて、奥多摩の空気を
味わいながらそぞろ歩けるのでした。
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この美術館を教えてくださったのは、うろねさん。そもそもお母さまが興味を
お持ちだったとか──、素敵な情報をありがとうございます!
個人的に、資料として役立てたい思いもあったのですが、充実したコレクションと、
なにより役立つ髪型の年譜が一階に貼られていたりして、じつにありがたいことでした。
冬の展示にも来てみたいねと、早くも言い合ってみたり。(笑)

今回、嬉しい驚きだったのは。現地に行くまでは失礼ながら、
3人が3人とも、こぢんまりした美術館の回りに、気の利いた食べものやさんが
ちょっとあるような場所だろうと思っていました。だからこそ、午後遅めの時間に
行って、さっと立ち寄るような感覚でいたのです。
ところが、予約しておけば酒蔵見物や利酒もできたし、美術館の展示も充実
しているし、なにより眺めがご馳走だし、渓谷まで下りれば遊歩道もあって、
近くの玉堂美術館にも立ち寄れるし──、と、とにかくたっぷり、味わえるところだったのです。

先に御膳をいただいた「豆らく」の前には「澤乃井園 清流ガーデン」が
あって、川を眺めながら甘酒や酒まんじゅうをいただけます。また、今回
嬉しいおまけだったのが、このガーデン脇の「澤乃井ガーデンギャラリー」で、
青梅織物・青梅夜具の展示がされていたこと。不勉強で知らなかったのですが、
青梅は綿夜具地、絹綿交織夜具地の産地として知られていたそうで──。
産業の中心となっていたのですね。そんな夜具地は、キッチュでパンキッシュな
感じさえ受けるデザインでした。(ここには撮影禁止の表示も見当たらず、係の方も
おられなかったので、写真を撮らせていただきました)
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ですが、ちょうど私たちと同じ時間帯にギャラリーに入ってきた二人連れの
女性によれば、「こういうの見ると、懐かしいっていうより昔の布団のじめっと
湿った感じを思い出すのよねえ」「そうそ、今みたいにいい綿使ってないからね。
おばあちゃんちの押入れにかならず入ってたわよね」だそうで、少し横入りして
お話を伺いましたが、「ほら、あの『三丁目の夕日』とかって映画があったじゃない?
あれにこんな布団が出てきて、それ見たときはちょっと懐かしい感じしたわね。
あたしたちの子どもの頃はね、こっちのチェックの柄みたいのだったのよ」と、↓の
展示を指さされます。
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そうなのかー。なんだか、逆に今、こうしたデザインが出てきたら、意外に
受けそうな気がするのですけれど……。
そんなことをmさんと喋りながら、ふたりでしっかり、夜具地を使ったティッシュケースを
買ってしまった。「女子はこういうところにつかまりますよね」と、mさん。内心、
「わー。女子の仲間に入れてもらった!」と喜んでいたことを、ははは、ここで
告白しておきます。しかし、選ぶのに悩むほど、どれもかわいい生地でした。

この後、川を見下ろしながらお茶したり(うろねさんが選んだ甘酒は大正解。
コーヒーにしたじぶんを悔やみました)、さらに、暗くなりかけていましたが、
敷地内にある寒山寺にも上ってみたり。
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けっこう急な坂があったり、石段があったりでこぼこしてたり、な一日でしたが、
初の〝着物de遠出〟を、mさんはかるがるとクリア。よかったよかった、でした!

わたしはこっそり、翌日の筋肉痛を心配していましたが、大丈夫でした。(をい)
履いていったのは、毎度おなじみ、黒田商店さんのクッションが効いた
革張り下駄。旅行にふだんにと大活躍のあまり、台がかなり剥げてきました。
購入済みの塗料を塗らなくては……。
色違いも買っておくべきかと、最近、悩みちう。

さて、大充実だったこの日、着て出たのは久米島+柿刺繍帯。お太鼓にあたる
部分にあまり刺繍を出さないよう気を配りました。(少しでもカジュアル感を
出したかったのと、電車で座ったりすると刺繍が擦れるのではと思ったので)
この日が着物2年目/第52回目でした。

おみやげの瓦煎餅もラヴリー。
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うろねさんの、この日の記事はこちら→。http://d.hatena.ne.jp/uronnaneko/20081022
櫛・かんざし美術館へ (その1)
2008年 10月 30日 (木) 11:04 | 編集
あいにくとかちあってしまった〆切をほぼ徹宵で乗り切り、出かけた先は──、
櫛かんざし美術館」です。
今月、毎週のようにmさんとお目にかかっていたのも、じつはこの日に備えてのこと。
いよいよ、mさんにとっては初めての、着物de遠出、なのです。

早朝に起きてさくさくと自分の準備を整えたあとは、mさんの住む街へ向かいます。
先日、初めてわが家で試していただいた折は、あれこれと説明つきだったこともあって、
2時間ほどかけての着付けとなりました。この日は用心して早めに出たのです。
が、これは杞憂に終わりました。
今回は二度目でもあり、また、説明は抜きだったこともあり(笑)、30分程度できもちよく
着終えました。予定よりあまりに早かったので、ついでに美味しいパンと珈琲を駅前で
いただく余裕までありました。よかったよかった。

さてさて、これからは一時間ちょっとの行程。あれこれ喋ったり、こらえきれずに
うたた寝したりして、はっと気づくと、いつの間にかうろねさんが合流していました。
おお、おはようございます! ち、ちがった、もう「こんにちは」の時間だ。

目指す沢井駅で下車すると、案内にしたがってだらだらと坂を下り、澤乃井で有名な
小澤酒造の蔵を横に見ながら、まずは「豆らく」へ。昼時も過ぎていることだし、と気楽に
入店してみれば、数人のお客様が待っておられ。さらには、我々3人で本日の御膳は
終了! あぶなかった……。(後で確認したら、限定120食でした。13時前になくなるとは、
おそるべし)
酒造経営の店で御酒をいただかないってのは、不粋ざんしょ。ということで、ふふふ、
「秋あがり」なる新酒をいただきます。さわやかな飲み心地が、豆腐御膳になんとも合って。
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そしてこの場で、うろねさんにかねてお願いしていた銀の簪を受け取りました。
おお、ありがとうございます! しっとりと持ち重りのする簪──。
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大切に使いますね。素敵な桐箱ごと、そっと東袋にしまいました。
(ちなみに家で写真を撮っていたら、陸がそばを離れませんで。彼の脚が入ってます(汗))

しばらくお喋りに興じてから、のんびりと、渓谷を挟んで向かい側に建つ美術館に
向かいます。吊橋を渡ってまいります。
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「ドラマでは、よくこういうところで殺人事件がおきるよね」などと笑いあいつつ渡りきり、
さらにゆるりと坂を上っていくと、見えてきました、美術館が。
1022-6             (つづく)



能登・七尾の花嫁のれん展 (その2)
2008年 10月 29日 (水) 11:29 | 編集
今回、花嫁のれん展に誘ってくれたNさんは、カフェ・デザールピコの客仲間。
居心地のよいピコでお喋りにふけって、ついつい閉店時間近くまでいたことも……。
そのNさんのブロガー仲間の方が、今回、のれん展の「語り部」のおひとりとして
参加しておられ、少しだけ、ご一緒にお話しすることができました。お綺麗で、
そのうえ気さくで柔らかな人当たりの若女将さん。
鬼に金棒以上のお力をお持ちかと。(笑)
来年の七尾のお祭りにはぜひとも──、と、心ひそかに誓います。
なんたって酒豪のNさんがいれば安心でしょう。彼女にアルコオルを
託して、わたしはメシ担当ということで。(え)

さてさて、会場となった旧安田邸に話を戻しましょう。文京区の資料によれば、
そもそもは、豊島園の開園者・藤田好三郎氏のもちものだったようです。大正七年に
建てられた邸を、十二年に安田財閥の娘婿・善四郎氏が購入。息子の楠雄氏へと
引き継がれ、平成七年に氏が亡くなるまで、住まいとして活用されてきたようです。
その後、財団法人ナショナルトラストに寄贈され、現在に至る、と。

「近代和風建築」といわれる建物は、実際の住み心地はわからぬものの、
心休まる空間でした。こういう家で育つと品のよい人になりそうだなあ。
応接間。窓の外に人影が見えますが、そこは広縁になっています。そして
お点前が供されていました。──はい、のれんを拝見する前に、いきなり
お茶をいただきながら寛いだりしてみました。
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お茶をいただく目の前には、庭が広がります。さらに奥の和室「残月の間」も、
静かに落ち着ける佇まい↓。
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二階には客間のほか、ちょっとした水屋が設えられて、風雅な雰囲気が漂っています。
1021-171021-16 
客間には唐紙の襖。    二階奥、花頭窓風の室内窓の奥には、こぢんまりした部屋(予備室)が。
心惹かれたのが、当時の最新式といわれた台所です。大正時代のシステムキッチンは
「鈴木式高等炊事台」と呼ばれ、特許もとられていたとか。天窓から光が降り注いで、明るく
居心地のよさげな場所でした。中まで入れなかったのが心残り……。
1021-18
ほか、浴室も広々と作られていたようです。探してみたら、こちらに詳しい内容や平面図が
ありました。ああ、暮らしよさげな気がしてなりませぬ。
こうして家の中に入ってさまざま観られるのは、興味深くも嬉しいもので。
以前、すなめりさんとご一緒した「江戸東京たてもの園」を思い出しました。ことに今回の
旧安田邸内を歩いていると、たてもの園内の高橋是清邸の板ガラスが頭に
浮かびます。(その折の記事はこちら
またあそこで、ビールをくい、と飲みたいものです。

この日は、今季すでにヘビーローテの仲間入りを果たした、結城+スザニ帯の
組み合わせ。す、擦り切れないとよいのですが。(汗) (着物2年目/第51回目)
能登・七尾の花嫁のれん展 (その1)
2008年 10月 28日 (火) 12:55 | 編集
以前から、いちど訪ねてみたかった七尾市。
中でも花嫁のれんが一堂に見られるという一本杉通りのお祭りに、
今年こそ行きたかったのですが──、都合が合わなかったのでした。
一度は行きたいなあと願っていたら、なんと、なんと。
とつぜん、Nさんから連絡が。
「旧安田邸で花嫁のれん展やってるけど、行く?」
行くー! 行かいでかー!!!
奇しくもそのメールを受け取ったのは、象牙彫りを終えて谷中の「夕焼けだんだん」を
ぽくぽく下りている最中のこと。
旧安田邸もまた、谷中のごく近所、千駄木の近くにあるのです。

いったんご縁ができてみれば、谷根千界隈に不思議とつながるものだなあ、と
思いつつ、さて、当日。
待ち合わせは会場となる旧安田邸といたしました。大正八年に建てられた
近代和風建築のこの邸は、今は財団法人日本ナショナルトラストの手で、週末を
中心に公開されています。
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フラッシュさえ使わなければ撮影可、とのことで、邸内はもちろん、初めて間近で
目にする花嫁のれんも、たくさん撮らせていただきました。
まずは、花嫁のれんのご紹介から……。

花嫁のれんとは、嫁入りのときに実家に持たされる染めのれんのこと。
ふすま1.5~2枚分はゆうに覆い隠すほどの大きさです。
嫁いでいく娘への、精いっぱいのはなむけとして、実家の想いがこめられた
華やかなのれん──。その一枚一枚に、ひとりひとりの物語が託されています。
たとえば「鳥居醤油店」ののれん。
こののれんの持ち主が嫁いだのは、戦後の物のない時代。花嫁のれんを
持ってくる、という風習も知らずに嫁いだものの、肩身が狭くて、結婚した後に
親御さんにのれんが欲しいと願ったそうです。
親御さんは、配給切符を売るなどしてお金を工面し、なんとかのれんを用意して
くれました。ご両親の想いをいっぱいに載せた宝船が、風を受けて海面を
疾っていきます。船の上を舞う二羽の鶴は、幸に恵まれる娘夫婦の様子でしょうか。
それとも、娘さんを見護るご両親の化身でしょうか。
1021-5
1021-6 嫁ぐときに交わされる盃。両家の水を混ぜて飲む〝合わせ水〟
 ののち、その盃を地面にたたきつけて割る〝かわらけ割り〟を行なったとか。
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1021-91021-10
それぞれの物語、それぞれの時間を想うだけで、静かに圧倒される
心もちがしてきます。

そんな花嫁のれんには、ひとつだけ、約束ごとがあるのだと聞きました。それは、
「掛けたとき、床(ゆか)まで届く長さであること」。
のれんと床との間に隙間があると、そこから実家に戻ってしまえるから、だそうです。

親に授かった花嫁のれんをくぐって嫁いだら、もう戻れない──、いわば〝開かずの
のれん〟に変じるのですね。だからこそ、一度きりの役割を果たした後は、のれんは
大切に箪笥の引き出しにしまわれて、静かに眠ることになる。
さまざまな意味で、のれんをくぐる重さを感じます。
                                      (つづく)
やってみなくちゃわからない。
2008年 10月 27日 (月) 11:50 | 編集
さてさて、とある日曜日。面白い体験をしてまいりました。
それは〝象牙彫り〟。

たまたま父に伴われた「日本象牙彫刻会」の展覧会で、実際に彫っておられる方に
さまざまご説明を伺う機会があったのですが。
象牙の実物を目にするのも初めてなら、触れるのも初めて、あらためて
歯が伸びたものだという象牙の硬さに驚きます。
その展覧会で、体験会を案内されたのです。

あらかじめ、会員の方が用意してくださった荒彫り(というのでしょうか、
だいたいの形ができているもの)をその場で買い上げ、彫刻刀も
いただけて、後日、会の事務所で4時間ほど、実地に仕上げてみようという
企画。それが、すべてこみで5000円なのです。
素材費だけでもそれくらいはかかるのに、驚きのサービス企画。
行かないテはありますまい。
というわけで、猫やら犬やら不思議な生命体やら、さまざまな形が並んだ中から
選んだものは、フグでした。表は丸っこくて、裏は平ら。
本来は根付にするらしいのですが、これなら、帯留の金具をつければ活躍して
くれそうです。
実際に彫らせてもらう日時は、ちょうど2週間ほど後となりました。

展覧会場で「モノノケが出そうな場所ですから」と会員の方に言われて
いたので、ちょっとどきどきしながら出かけます。
思いっきり迷って、けっきょく途中まで迎えに来ていただくことに。
地図はちゃんとプリントアウトしていったのですが、正直、
もし迎えに来ていただかなかったら、終生辿りつけなかったと思います。
迷路のようだった……。

遅れてついてみれば、体験の方は総勢9名ほど、すでに室内は
熱気に溢れています。ひとつだけ空いていた座布団の上に座ると、
膝立ちで伊勢木綿の前掛けと、袖留めをつけました。
ちいさな木製の台に載せたのは、あらかじめWEB魚図鑑で調べた
クサフグの写真。いろいろ調べた中で、いちばん好みの外観でした。

まずは、持参した彫刻刀での彫りのコツを教えていただき、地道に
表面を削っていきます。
なんといっても口元と歯に特徴があることを先生が教えてくださり、
そのあたりの細かい部分は直接、手を入れてくださいます。
なにより驚いたのは、表情を左右する「目」の部分。
だいたいの大きさを決めたあと、先生が歯科医のドリルのような
機器で穴を開けます。そこへ、ヘゴ(シュロの一種)の枝を
細く細く削り出して、埋めこんでいくのでした。この作業も、すべて
先生が目の前でしてみせてくださいました。↓
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枝の先がぴたりと嵌まったら、接着剤を薄くつけて挿しこみ、固定します。
そののち、切り取るのですが、目に刺さった枝がなかなかシュール。

この後、木賊(トクサ)で磨いたり、目の細かいサンドペーパーを使ったり。
やや古色を出すために、ヤシャなる実を煮出した液を塗ってから、
また磨いたり。仕上げの磨き粉には、粉ハミガキを使うのもおもしろく。

さらに、クサフグの水玉模様を入れる方法も教わります。
先ほどの機器で、水玉をいれない地の部分に粗く瑕を入れていき、
薄く墨をかければ、瑕の部分にだけ色が残るという寸法。
あまりにやりたそうな様子が伝わってか、機械も使わせてくださいました。
丹念にやったつもりでも、まだまだ粗かったですねえ。
そのあとまた、かるく磨き、帯留用の金具を貼って仕上がったのは──。
1019-6 クサフグ、のつもり。

象牙はご存知のとおり、一時これが目的で象が乱獲されたために、現在は
ワシントン条約で取引が厳しく規制されています。自然死した象の牙のみ、
何年かに一度、市場に出るようです。つい先日も、新聞紙上で輸出先に
中国が参加する旨の記事が載っていました。その後は、九年間、輸出は
しないとのこと。大切に使っていかなくては。

それにしても、手元でコツコツ形を作っていくのは、なんとも心楽しい
経験でした。縫うのともまた違う、立体的な造形の面白さとでもいいましょうか。
うーん、時間が許せば習ってみたい。

この日は、先日、久々に出してきた3000円紬──、といってしまっては
ミもフタもないかしらん。言い換えましょう、北欧風紬。(笑)
季節がナニなのですが、ちょうど薔薇の刺繍帯が合いそうだったので、
行き先が谷根千方面ということもあり、さっくり着てみました。
戻ってきたら背中にシワが。……ふだんしない動きをいろいろ
したせい、にしておこう。(汗)
1019-11019-2 (着物2年目/第50回目)
初・伊勢木綿♪
2008年 10月 26日 (日) 20:50 | 編集
mさんとの終日着物尽くしのあと、金曜夜には観劇に出かけました。
おなじみ結城+スザニ帯にて、初のシアタークリエ。
演目は『私生活』、ほぼ4人での芝居は芸達者が揃って、かろやかな
コメディを楽しみました。
キャストは内野聖陽、寺島しのぶ、中嶋朋子、橋本じゅん。二幕&三幕にちらりと
登場の中澤聖子もうまかった。それにしても、寺島しのぶ、好きだなあ。
というわけでこの日が2年目48回目。さらに翌土曜日には、伊勢木綿と対面することに。
プチご無沙汰のスタジオクゥのおふたりと、わくわくの待ち合わせです。

あらかじめ、反物を手に入れる気満々で伺ったものの、かなり迷うのではと
思っておりました。が。ことの次第は、クゥさんの「キモノは別腹」のとおり、
およそ10分ほどで決定。反物はこちら↓、そしておなじくやや厚めの生地で
作られた前掛け(下になっているほう)も手に入れました☆
1018-2
あとは、ふっふふふ、せっかくの三重展です。
めはりずしこそ諦めたものの(当日中が消費期限だったので)、ブラックカレー
に寒ひじきと、あっという間に手提げ袋が増えていきます。
で、さあ夕ごはん、の前に、ちょいと屋上へ昇りました。
うにささんが撮ってくださった、夜の屋上での写真。
1018-01 わぁわぁ喋ってます。

食事どころは、つい、何度目かの「千疋屋総本店」へ。だ、だって近いし。
なにより美味しいし。
ひよささんの注文したアフタヌーン・ティーセットに目を奪われつつ、
地道に黒豚さんをいただきます。三人でシェアしたサラダも美味でしたし、
オレンジソースと馴染んだ豚もほろほろと柔らかく。あれこれと喋りながら、じつに
楽しいひとときでした。もちろん、デザートは必須。
1018-02 ボリュームたっぷりのチョコレート・バナナパフェ。

向かいに座ったひよささんのコーディネートは、本当に惚れ惚れと
気持ちのよい組み合わせ。話しながら、何度も見とれました。(笑)
ブログを拝読したら、「前夜は頭がフラフラになる程真剣にコーディネート」したと
書いておられ──、みごとに結実しておられました。

この日は大島+染め帯。2年目/49回目でありました。初・伊勢木綿を手に入れた
翌日曜日にも、これまた初めての体験をしたのです。伊勢木綿の前掛けがさっそく、
活躍してくれました。その話はまた、明日。
初めてで、知ったこと。
2008年 10月 25日 (土) 22:09 | 編集
さてさて、mさんとの買物ツアーを堪能した翌週のお話。
今度はいよいよ、mさんが着付けに馴染む段階です。
まずは一緒に着てみましょうか、ということに。
ただし、私自身は「〝習うより慣れろ〟のいいかげん派」。
白状すると、半衿つけもかなりのスピードで表裏一緒に縫うことも
しばしばです。
でもでも、お初であれば、基本をしっかり知っておくに越したことはありませぬ。
たとえば半衿つけであっても、とりあえずひとつの方法を知っておいて、後は
自分でやりやすい方法を見つけていけばいい話。
そう思っていましたら、なんともタイミングよく、人形町はころもやさんにて
半衿つけ講座があるではありませぬか!
というわけで、mさんと一緒に、朝から半衿つけを習いました。(笑)
バイアスの三河芯を使うのは初めてで、おもしろうございました。
しかも、半衿付けの後に下りた一階の工房では、職人さんが型染め作業の
最中──、目が離せなくなる面白さです。
これだけの手間暇と技術がかかっているのであれば、それは高くなるだろうなあ、
そう思いながらじっくり拝見しました。

ランチのあと、おなじ人形町にある手ぬぐいのちどり屋さんにもお付き合い
いただいてから、わが家にての着付けに移ります。

そもそも、さらに次の週にご一緒に遠出する予定がありまして。
この日に実際に身につけてもらい、さらにごはんを食べたり電車に乗ったり
してみてもらって、苦しいところがないか、不自由がないかを確認して
いただこうとういう算段です。
わたしがお伝えできるのは、あくまで自分がしていてラクな着方ゆえ、
必要なら正式に習ってくださいね、という但し書きつき。
それでご一緒に着付けてみたのですが……、あらためて大切なポイントを
確認できたり、自分が飛ばしてしまう手順の重要性を実感したりして、
正直、自分にいちばん役立ったように思います。ラッキーでした~。
そしてmさんの着物姿は!
hatsukimono じつによくお似合いです☆

着物尽くしの一日、外出時に着ていたのは久米島+紬帯。戻ってきて
いったん脱いで、mさんと一緒にまた別の紬をまとってみました。その紬は
昨年の着物始めに、練習用に3000円で手に入れたもの。名実ともに、初心に
戻れたことでした。
(着物2年目/第47回目)


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