ある日とつぜん、着物に目覚めたものの──、さてどうすれば? 迷いながら訊ねながら学びながらの着物日々記録。
*** 着迷いごと ***
スポンサーサイト
--年 --月 --日 (--) --:-- | 編集
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
丸二年、目前。 
2009年 02月 17日 (火) 16:06 | 編集
なんということでしょう。わたわたと日々に追われるうちに、
早くも2/18が目前に。丸二年がたとうとしています。
なのに昨年12月の記事もそのままになっているような気が──。
(いや、気のせいではない(汗))

ええとええと、ど、どうしたものか。
とりあえず、長いこと書きかけのまま保存してある秩父夜祭記事
(すでに2カ月以上経過)をのちほど、追加記事扱いでUPすることと
いたし、ほか、合間にちょこちょことあった「着物deお出かけ」の報告は
てきとーにピックアップしてお茶を濁す! というのが、二年目の
締めくくりにふさわしい方法かと思われます。(え)

12月は、秩父夜祭翌日も着物の日となり、東京を離れる友人宅で
ちょっとした集まりが。拙いながらマトリョミンを披露したり、
着物でWiiスポーツ初体験したり、と盛りだくさんなメニュウでした。ふふ。
081204-1081204-2
さらに夜は、マトリョミンレッスン&新年会。もーなにがなにやら。
したたかに飲み、騒ぎました。この日が、2年目/74回目のきもの日和でした。

その後、12月中に5回ほどまとう機会があり、79回を数え。
明けて新年、80回目だったようです。(あれっ、前記事で3回も
サバ読んで書いてました、訂正しておきます(汗))

新年早々には、着物でこんなところに上ったりも。あまりの愛用度に、
ついに下駄の台が悲鳴をあげ、裂けてくるという緊急事態も──!
090102090102-3
↑相方、両親とともに、寶登山神社に初詣。
3月には黒田商店さんが東京に寄ってくださるのが頼り……。そうそう、
草履で履きやすいものをと思っている折に、ソールにクッションが入っていて
台は木目調のウレタンというカジュアル草履が「注文の多いキモノ店×菱屋
カレンブロッソ企画」で出たのでさっそくオーダー。先週届きました。
3月に下ろす予定です。
090213-1

節分は、着物姿でしっかと豆を撒きました。
090203-1
また、わたわたな日々の合間を縫って、さくっと表参道でMさんと
着物でお目にかかってこんな愛らしいものをいただいたり、
090120 (BVLGARI IL Cafe)
江戸時代に大流行した初午祭を確認したくて、江戸深川資料館を再訪したり。
090207-1090207-2
地口行灯(じぐちあんどん)が各所に飾られています。地口とは、今でいう駄洒落。
よく知られた言葉に引っ掛けた惹句と絵柄が描かれています。
「ながめ見わたす炭俵」←「眺め見渡す隅田川」(端歌から)とか、
「あんずより桃が安い」←「案ずるよりうむがやすし」とか……、ほのぼのと脱力。
写真は撮り忘れましたが、仔犬が太刀の鞘を登っている絵柄で
「こいぬの太刀のぼり」←「鯉の滝登り」なんてのも笑えました。

つい先日は、長らく行ってみたかった大阪の家具ショップ「TRUCK FURNITURE」が
恵比寿に出店してくれたので、Mさんご夫妻と駆けつけました。あ、こちらは2/22(日)まで、
恵比寿はリムアートにて開催中です。
(この日のことは、別記事で詳細書けたらと思っています)

さて、けっきょく。
2年目は、計88回、着物をまとって出かけたのでありました。月に7回平均……、
が、頑張りました。(笑) 石の上にも3年、と申しますから、3年目もこつこつ、
けれど楽しみながら、まとっていければと思います。

2年目後半は更新が滞りがちでしたが、そんな中立ち寄ってくださった皆さま。
本当にありがとうございます。
3年目はさらにのんびり更新になってしまう予感がすでにそこはかとなく
漂っておりますが、せめて月に3回は。と、心に呟きつつ。

12/20記事に、秩父夜祭その2を追記UP済。よろしければお目通し
 くださいまし。
スポンサーサイト
珠玉の輿。
2009年 02月 03日 (火) 02:15 | 編集
昨年12月の記事も間に合わぬままに、まずは丸一年ぶりに
やわらかものをまとった報告を……。(笑)
江戸東京博物館で開催されていた「珠玉の輿」展に、 mi さんと
足を運びました。
前売券を入手してわくわくと待っていたその訳は、NHKのニュースで
取り上げられたとき、ちょうど見ていたからでした。
天璋院篤姫が輿入れの際に使用したとされる輿が、アメリカの
スミソニアン美術館系列のギャラリーで発見され、今回、里帰りする
という内容でした。一年間、大河ドラマ「篤姫」に浸った身として、
ぜひとも観に行きたかったのです。

実物大の輿を目のあたりにして驚いたのは、細密な仕上げとともに、
その重量感でした。実際の重量も掲示されていて、大名クラスの
乗り物になると、100kg超の立派なものも。そこにひとり分の体重が
加わるわけで、6人で担いだとしても、ひとりあたま20kg超──、殿様が
乗っているとなれば揺らすことも許されず、その上、参勤交代とも
なれば行列が長い分、亀の歩みとなったでしょう。担ぎ手の負担は
いかばかりだったか……。そんなことも考えながら、ゆるゆると
拝観しました。
女物の輿は男物に較べてやさしげで、当時の技術と贅とを尽くした
設えには、目をみはるばかり。
身分によって、輿内に描かれる絵が異なるなどの差異がありました。
篤姫の輿には源氏物語が描かれていました。

そんな中、和宮が江戸から京都に戻る際に使用したという輿は、
男物より武骨に感じられるほどの重厚さが目に立ちました。
ものの本によれば、芝増上寺に遺されている和宮の骨からして、
ごく華奢な体格だったとか。その身体を、この輿に託して長い道程を
辿るのに、どのような思いがあったでしょう。
そうした感慨も、実物を目にしなければ湧いてこなかったことでした。

堪能したあとは、常設展示へ。こちらも見応えがありました。
まずは1/1サイズで復元された日本橋に、胸のうちで声をあげ。
広重の描いた日本橋の活気溢れる浮世絵と、この1/1大の日本橋とを
重ね合わせて、江戸の賑わいを思い浮かべます。
次に心を奪われたのが、寛永年間の日本橋北詰付近を復元した
というジオラマです。周囲に置かれた双眼鏡で覗きこめば、息遣いまで
聴こえてきそう。mi さんと夢中になって時を過ごしました。
閉館の17時半まで、2時間以上あったはずが、とても足りないほどの
充実ぶり。次回は一日いるつもりで訪ねてみたいなあ。My 双眼鏡を
携えて。(笑)

この日は、年始に母から譲ってもらった小紋+袋帯。めったにしない、
わたしとしては上等の装いにした理由のひとつは、篤姫に敬意を
表して、でした。そしてもう一つには、袋帯に入った刺繍を mi さんに
お見せしたかったからでした。 mi さんとわたし、女紋が同じなのです。

ちょうど今のわたしと同じくらいの年に母が誂えたという小紋。すでに
30年ほどが過ぎていることに驚かされます。
初めて袖を通したこの日、いつもより淑やかに振舞えた、ような気が
しています。(あくまで当社比)
09.0129-109.0129-2
(着物2年目/86回目)
copyright (C) 2007-2009, Io Sakano all rights reserved.
無断転載は固くお断りいたします。
designed by polepole...

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。