ある日とつぜん、着物に目覚めたものの──、さてどうすれば? 迷いながら訊ねながら学びながらの着物日々記録。
*** 着迷いごと ***
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五月最終週のはなし。  その2
2009年 08月 11日 (火) 23:49 | 編集
長々続いております、五月最終週の着物日和。

【 39回目 】  
かかりつけの内科医・A先生に、日本舞踊の会に招かれました。
日本五大流派のひとつに入るといわれる流派の、三世家元の追善舞踊会──。
そもそも歌舞伎座で催される、という時点で気がつくべきでしたが、
なにも知らない人間が、ただ着物好きだからというだけでお招きいただくには、
あまりにも立派な、あまりにも豪華な会でありました。

A先生の、「わたくしも末席を汚させていただいて、ちらっとつとめさせて
いただくのですけれどもね、ご興味がればいらっしゃいます?」とのお尋ねに、
「ぜひ♪」などと気軽にお応えしたのは一年近く前のこと。
あきらかに勘違いしていましたよ、わたしは。先生の、ひじょうに謙遜なされた
お言葉を素直に受け取ってしまっていたのですが、発表会、なんてレベルの
話ではまったくなかったのです。
     
場内に一歩入れば、目にも眩しい、花やいだやわらかものをお召しの方々や、
ひとめで玄人筋とわかるおねえさんがたが晴れやかに挨拶を交わしあって、
あー、やっぱり紬は場違いだったか。と、その時点でも、思い切り外して
おりました。
いただいたパンフレットを開いてみれば、挨拶文のページには、人間国宝と
呼ばれる方々が、ずらりと顔を揃えておられます。
ほいほいと来てしまって、よかったのであろうか……??
              
もろもろ失敗はあったのですが(後述)、それでもワクワクした思いを
胸に抱いたまま、席につきました。なにしろ、日本舞踊の会は初めてです。
       
幕が開くと、目を瞠りっぱなしでした。
こまやかな舞の妙はわからずとも、視線、指先、腰のうごき、あざやかに
ひるがえる着物の裾など、目を離せないところばかり。
すっかり雰囲気に浸りこんで、いよいよ、A先生の出番──、幕が開いて
ちいさく声が洩れました。
こんなに本格的な舞台だったとは……!

演目は長唄「京鹿子娘道成寺」。日本舞踊についてなにも知らないわたしでも、
なぜかタイトルも内容も知っている。ということは、それほど人気が高く、かつ、
舞手にとって、たいそうつとめ甲斐のある演目なのだろうと思います。
演目をお聞きした時点で、もっとちゃんと下調べをしてから伺えば、いっそう
その大変さや見どころがわかって面白かっただろうに、と悔やまれます。
とはいえ、背景にはみごとな書割、吊り下げられた大鐘、そこにおおぜいの
所化が入り乱れ、人間国宝の唄い手の喉も朗々と、心奪われるあでやかさ。
先生演じる白拍子・花子は目も絢な衣裳をまとい、次から次へと小道具を
持ち替えながら、くるくると変じる娘心を舞いあげていきます。

その小道具も、どのひとつをとっても扱いがむずかしそうです。笠がいくつも
連なった振り出し笠や、扇、長い手ぬぐい、鈴太鼓(振り鼓)、等々。
そして衣裳のほうも、舞台の上で「引き抜き」と呼ばれる手法で次々と
早代わり。
そうしたことに気をとられずに「舞い」に集中することを想像しただけで、
どれほどの修練を積まれたことかと、だんだん手に汗を握ってきました。
衣裳だって、どんなにか重いことか──、ほっそりと小柄な舞い手は
恋に狂う可憐な少女と化して、舞台上でひたすらに舞い、胸に「かっこ」
と呼ばれる鼓を下げて、ぐうっと上半身を反らせます。
後方からはプロの掛け声がびしっと掛かって、おもわず拍手、両隣の
方たちと、身を乗り出さんばかりの集中っぷり。

ラスト、舞台に落とされた釣鐘に高々と登っての見得切りに、痛くなるほど
手を叩いておりました。
いやあ……、拝見して、本当によかった。
日本古来の習い事には、敷居が高げな印象があって、なかでも日本舞踊は
独特のしきたりがありそうで──、と距離をおいて見ていたのですが、
たぶん実際に習って「そちら側」に行ったなら、二度とは戻って来られまいなあ。
一生かかっても追究しきれないかも知れない、先の、そのまた先があるのだろうなあ。
そんなことを、ぼんやりと考えておりました。

五月最終週、まだまだ続きます。お許しを。それから、この日の失敗談に
ご興味ある方は、続き↓をどうぞ。(笑)       
この日、個人的に大失敗してしまったことを書いておきます。       

これまで、本格的な日舞の舞台に招かれた経験がなかった
わたくし、バレエや芝居と似た感覚にて、花束を用意してしまいました。
……とんでもないことでした……。
受付では当然のように預かるご用意もなく、楽屋にお持ちくださいと
伝えられ、といって楽屋の場所も分かりかね、歌舞伎座の案内係の方に
尋ねながら、離れた場所にある楽屋の建物に辿りつきました。

着いたら着いたで、あたりまえですが、出待ちのひと、戻ってくるひと、
社中のお手伝いのひと、黒子を務めるひと、等々が入り乱れ、殺気だった
喧騒の真っ只中。だいたい、草履を履いたまま上がってよいのかどうかすら
分かりかねます。
それでなくても、華やかなやわらかもの一辺倒の着物姿の中、場違いな
紬をまとい、手には大きな花束──、かんぜんに浮きあがってますよ、わたくし。
でもだがしかし。
せっかく、演目にちなんだ花も加えて作っていただいたこの花束、
どうしておめおめと持ち帰れましょうや。

ええいままよ、と蛮勇を奮いおこし、手当たり次第、目が合った人に聞きながら
進むことといたしました。
「草履のままあがってもよろしいでしょうか?」と、入口で一服中の黒装束の
おじさまにお聞きし ( 「お、大丈夫だよ」と心安いお返事)、入ったところで
「おそれいりますが○○さんの楽屋はどちらでしょう?」と、揃いの色無地を着た、
手伝いに参じたらしいお姉さまがたにお尋ねし。
二階です、と聞かされたものの、あやうく舞台へと通じる通路に迷いこみ、走り出る
出番のひとに轢かれそうになりました。
これ以上ご迷惑をおかけしたら、わたしだけの問題におさまらず、まちがいなく先生に
大恥をかかせてしまいます。
(いえ、すでにかかせているでありましょうが)

そうっと元の場所にもどって、二階への階段を教えてもらって、ようやく、楽屋前に
参りました。折りよく、楽屋には手伝いの方のみ、先生は顔を作りに出ておられ。
(直接顔をあわせる勇気は、もはやありませなんだ)
「お荷物になってお邪魔でしょうが」と平身低頭して花束をお預けして、ようやく、
顔中に噴き出した汗を拭ったのでありました。

後悔先にたたず、の見本のような姿。
       
こんなことなら、事前にちゃんと、縁戚に日舞の師範がいると聞いたことのある
 f にゃん や Kくん、といった友人に問い合わせればよかった。
(最近とんとご無沙汰なので、こんなときばかり連絡するのも、と遠慮して
しまったのでした……)

えー。そんなこの日は、あまりのことに、写真も撮っておりませぬ。
まとったのは、母に譲られてしつけもついたままだった、白大島だと伝わる紬
です。もらったときは、あまりに派手だと感じた空色でしたが、五月には
ちょうどよいかも、と思ったので。
↓が、くだんの着物。コーディネートを考えるために、四月に試し着したときの写真です。
 4gatunitotta
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